実家という名の刑務所

何でも干渉し管理し思考までも支配する。毒親に育てられた記録。

続続・ブログを始めようと思った出来事

こんにちは、日和です。

ブログを書くことが楽しい反面、吹っ切れてたのに書きながら思い出して時々涙目になります。

複雑です。

でも書きます。

コメントとか無くとも読んで共感してくれる方が居てくれたら嬉しいし、書くことで毒子からの呪縛から解放されたいと思ってます。


ーーーーーー


前々回≪ブログを始めようと思った出来事≫と前回≪続・ブログを始めようと思った出来事≫は私のLINEでのやり取りだったので本文のまま載せてましたが、今回は旦那とのショートメールの内容になるので覚えてる限りの再現になります。
ご了承ください。


ーーーーーー


毒子に最後のメッセージを送った後ブロックして電話の着信拒否してしばらくした時のこと。

日和との連絡手段を絶たれた毒子から旦那にショートメールが届きました。


毒子
”あけましておめでとう。送った年賀状で日和を酷く傷付けてしまったようで。明日から仕事なのに迷惑かけてごめんなさい。”


卓人「ほんとクソ迷惑!新年早々どうしてくれんだよ!」
日和「ごーめーんーてー(泣」
卓人「違う違うw全部毒子が悪い(笑」
日和「でーもー(泣」


卓人
”あけましておめでとうございます。年賀状のあの文は私も疑問に思います。今は寄り添うことしか出来ませんし日和の気持ちが落ち着くまで時間に任せたいと思います。”


毒子の性格を理解してくれてる卓人が『疑問に思う』と言ったことに驚きました。

後で聞きましたが、それだけの年賀状だと思うしこれでも抑えた、だそうです。


毒子
”実子の幸せを思って書いた事がこんな大事になるなんて。夜も遅いので返事は不要です。”


もっとやり取りしてましたが思い出せないし要点をまとめるとこんな感じです。


いつもそう。

思ったことをすぐ口に出す。

それが人を傷付ける言葉だろうがそんなの全く関係ない。

むしろ『本当のこと』『あなたの為』『言われたくなかったら自分からちゃんとしなさい』と言ったことを正当化してくる。

頼んでないし傷付いてるとこを見ても『言われて当然』『あなたが悪い』『改心しなさい』と『言ってあげてるんです』感全開。


いつも毒子が正しいんです。

100人中99人が『右』と言っても毒子が『左』と言えば『左』なんです。

毒子が『左』と言った後に『右』とでも言った日には最悪。

精神的な攻撃が続きます。

百歩譲っても『右かもしれないけど左が先』になるだけ。

しかも攻撃をしながら傷をエグリながら『左』に従わせる。


今回もそうです。

今までならきっと、年賀状の内容も「そうだね、間違ってないね」と言ってきました。

でももうその『左』に従うのも『右』と反論するのも疲れた。

今後毒子と一生関わらない。

本気で思いました。


年賀状を破り捨てたい衝動に駆られたけど、それじゃもったいない。

毒子に分からせないと。

ブロックと着信拒否だけじゃ毒子はきっと分かってない。

そう思い年賀状を手にしました。

そして宛名面に「受取拒否。横峰日和」と赤ペンで書きました。


あまり知られてませんが、こう書いてポストに入れると差出人に返却されます。

切手代は不要です。


1月1日夜。

ヤケ酒すべく泣き腫らした目のまま おつまみを求めてコンビニに行きました。

そして年賀状をポストに入れてきました。

なんの躊躇もなくゴミを捨てるかのように。


『お母さんさようなら』

そう心でつぶやきながら。

ってそんなわけねぇぇえぇぇええぇぇぇえぇ。

「くたばれクソばばぁ」

口に出しながら入れてやったよ。


――――――


このあと泣いて呑んでは言うまでもないですね。

これが私の2019年1月1日でした。


あ、平成最後の正月だったんですね。

書きながら今更気付きました。

平成最後の正月に新しい時代の為に縁を切る。

最高じゃないですか。

これが笑って言える日が来ることを願います。


――――――


次回
【最終回・ブログを始めようと思った出来事】


↓応援お願いします↓
  にほんブログ村 家族ブログ 毒親へ


――――――


*最後のメッセージ
ありがとう、ごめんなさいを表現してくれる人には表現してます。
それにお母さんは私から見て姉ちゃんにも私にもありがとう、ごめんなさいを言わない印象があります。
特に昔は意地でも言わないスタンスだったと思います。
私はそれを見て育ちました。
なぜこれを新年の挨拶の場の年賀状に書くのかが本当に理解出来ません。
今まで育てていただきありがとうございました。
こんな娘ですみませんでした。