実家という名の刑務所

何でも干渉し管理し思考までも支配する。毒親に育てられた記録。

隠し事は許しません

こんにちは、日和です。

子どもの事は何でも知りたい≫ではゴミ箱を見られ
子ども部屋まで抜き足差し足忍び足≫では有って無いような子ども部屋
の話をした通りプライバシーと言うものが無く、隠し事をしたくても出来ない状態でした。

そんな中、中学3の時に初めて隠し事をした時の話です。


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中学3年の後半、不登校してました。

自律神経失調症で体がキツかったのが原因でしたが、それはまぁ置いといて。

それで当時、家から徒歩5分程度のところにあるインターネットを無料で使える施設に良く通ってました。

家にもパソコンはあったけど電話線でのダイアルアップが必要でした。

世代の人にはツボかもしれませんが、前略プロフィールやフラッシュの頃です。

家に居なくていいしインターネットが使えるなんて私にとっては天国みたいな所でした。

ちなみにその施設は元々過去に毒子がパートで働いてたので『横峰さん家の娘さん』ということで、インターネット使用は原則1時間のところ他の利用者が来るまで何時間でも使わせてもらえてました。


そこで何時間も何をしていたかと言うと。

最初は個人HPやブログをし、徐々にチャットにハマっていきました。

色んな世代の人が居て、色んな境遇の人が居る。

顔が見えないからこそ、リアルの生活に関係が無いからこそ、第三者だからこそ話せる事もあるし くだらない事も言い合える。

電話線1本でしか繋がってないけど、そんな関係が心地良かったのを覚えています。

とは言え今とは違って当時のインターネットは『怖い』『トラブルに巻き込まれる』『個人情報を出すと人生終わる』と言うイメージ。

前略プロフィールでプリクラの画像あげてる人はターゲットになる、そんな時代。

だからこそチャットしてる事は絶対に隠さなければならなかったのです。


そんなチャットにハマった不登校の中3の私は、週に何度か塾に行っていました。

個人の小さい塾だったので塾長とも距離が近く、世間話としてチャットの話もしてたのですが…それが私のミスでした。

チャットの事が塾長経由でバレてしまいました。

毒子
「日和、あんたお母さんに黙ってる事あるでしょ!チャットなんて危ない事やめなさい!」

いきなりでした。


日和
「危ないってイメージ有るかもしれないけど実際全然何も危なくないよ。色んな人とやり取り出来て楽しいよ」
毒子
「個人情報とかウンヌンカンヌン」
日和
「そこは気を付けながらしてるから大丈夫」
毒子
「いいからやめなさい!あの施設にも行ったらダメだからね!」
日和
「チャットがどうとかじゃなくて、ハマってる事を黙ってたから怒ってるんでしょ?子どもの事で知らない事が有るのが嫌いなのに知らない事があったから気に入らないんでしょ?
毒子
「…いいからやめなさい!」

図星でした。

それからあの施設に行っていい頻度は減り、仲良くしてたメンバーも気が付いたら来なくなってたなんて事もありました。


『子どもは私の一部』
『子どもの事で知らない事は無い』
『子どもの事は子ども以上にお母さんは知っている』

これは後に毒子が言ったセリフです。

気持ち悪いなー。

いつまで子ども扱いなんでしょう。

と言うか中学生だから子ども扱いされて当然なのかもしれないけど、思春期真っ只中です。

少し距離を取っても良いと思うんですが、そんなこと毒子が出来るわけがないですね。

もうそれが嫌で嫌で。


友達と話してて『それお母さん知ってるの?』『それお母さん何て言ってるの?』なんて聞いても『そんなの秘密にしてるに決まってるじゃん!』『いちいち言わないよ』って事がよくありました。

親に秘密なんて出来るの!?言わないなんて許されるの!?って感じでしたけど。


これは私の気にし過ぎでしょうか。

それとも毒子がやっぱり毒母だという事でしょうか。


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次回
正義≠正義感

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