実家という名の刑務所

何でも干渉し管理し思考までも支配する。毒親に育てられた記録。

姉ちゃんの鬱病について

こんにちは、日和です。

しばらく更新が出来ずにすみませんでした。

毎年のように季節の変わり目に体調悪くする事を忘れて油断してました。

皆さんもお気を付けて…。


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さて今回は姉ちゃんの鬱病の件でしたね。


あれは確か私が中2の頃。

突然ある所から電話が掛かってきた事で発覚しました。

後々考えると気付ける場面はあったように思います。


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学校から帰ると毒子が慌てていました。

話を聞くとどうやら家からだいぶ離れた精神科の病院から

「先日娘さんから、自分は精神病だと思うから入院したいと申し出がありました。家族には黙ってて欲しいと言われましたが、入院となるとそうはいかないので連絡を…」

という電話があったそうです。

毒子としてはその病院も知らないし、姉ちゃんが病院に行ったことも知らないし、そもそも何で精神科?といったところでしょうか。

以前≪隠し事は許しません≫で書いたように毒子は『子どもの事で知らない事は無い』と言う程、子ども事は何でも把握したがります。

なのに子どもの事で知らない事を会った事も無い他人に言われたので気に入らなかったでしょうね。

何で先にお母さんに相談しなかったんだって。

まぁそれは後にグチグチ言うわけですが、姉ちゃんは親だからこそ毒子に相談出来なかったんでしょう。


その電話の日はもう夕方だったので、次の日に毒子1人で病院に話を聞きに行ったみたいです。

そこで

「高校でいじめにあってる」
「フラッシュバックで苦しんでる」
「担任に相談したけど頼り無い」
「確実に鬱病になってる」

ということが分かり、毒子と高校が結構な日数を掛けて交渉したにも関わらず改善せずに結局転校することに。

病院の先生は、ストレス源である高校を辞めたことで薬と通院ですぐに治ると言っていました。


そんな鬱病が発覚して半年くらい経った頃でしょうか。

姉ちゃんと同じ部屋だった私は部屋で錆びたカッターを見てしまいます。

ただ古くて錆びてるだけと思いたかったけど一応確認しました。

左の手首、姉ちゃんに気付かれないように横目で見ました。

やってました、リストカット

でも本人に止めろとも言えず、誰に相談することも出来ず、姉ちゃんの隠し事を1人で抱えてしまったわけです。

当時の私からしたらとても大きな負担でした。

しかし家族にバレるのはそう遅くはありませんでした。

深く切った後にいつものあの病院に行ったらしく、家に連絡が入りました。

そして即入院。

まぁ姉ちゃんからしたら最初から入院を希望してたので願ったり叶ったりだったんじゃないでしょうか。


精神科で入院と言えば閉鎖病棟をイメージするかも知れませんが、姉ちゃんの場合はストレスから離れる為の入院だったので比較的大きな個室でゆったりとしたものだったみたいです。

こうして姉ちゃんは入退院を何度か繰り返し、すぐ治ると言われて早15年。

今も治っていません。

それは高校のいじめに隠れて気付かなかった『毒子』というストレス源があったから。

姉ちゃんも5年ちょっと1人暮らししてるけど実家から徒歩圏内。

それは病気もあるから仕方ないけど徒歩圏内を良い事に毒子は事ある毎に接触を測ります。

それにつき合いきれなくなった姉ちゃんは毒子だけでなく、親戚全員との連絡を断つことになります。

親戚と連絡を取ったらそこから毒子に情報が回るのがイヤだったみたいです。

それもじいちゃんの危篤を機に約3年振りに再会するんですが、それからまた毒子の毒に苦しめられてます。


姉ちゃんの病気が治らないのは病院の先生やカウンセリングの先生、そして親戚一同が毒子の言動が原因だと言っています。

もちろん姉ちゃん本人もそう感じています。

なのに毒子は
「お母さんが悪いんでしょ」
とは言うけど
「親だから心配するのは当然」
「お母さんは親の仕事をしてるだけ」
「先生は何も分かってない!あなた達も何も分かってない!」
と、周りの意見を聞こうとしない。

寧ろ周りの人間を悪人扱いしてくる。

これじゃ姉ちゃんも治るものも治りません。


これは私の気にし過ぎでしょうか。

それとも毒子がやっぱり毒母だという事でしょうか。


――――――


次回
【干渉と放任に苦しんだ思春期】

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